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東京地方裁判所 平成6年(ヨ)20016号 決定

債権者

鹿内宏明

右代理人弁護士

河上和雄

中島修三

田中民之

江藤洋一

安福謙二

古瀬明徳

債務者

株式会社ニッポン放送

右代表者代表取締役

川内通康

右代理人弁護士

中村直人

澤口実

古曳正夫

主文

一  本件申立を却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

事実及び理由

第一  申立の趣旨

債務者が平成六年一月二六日の取締役会の決議に基づき現に発行手続中の額面普通株式二〇万株の新株発行を仮に差し止める。

第二  事案の概要

一  本件は、債権者が商法二八〇条の一〇の株主の新株発行差止請求権を被保全権利として、債務者の新株発行の差止を求める仮処分命令申立事件であり、本件記録及び審尋の結果によれば、次の事実を一応認めることができる。

1  債務者は、昭和二九年に設立されたラジオ放送事業等を目的とする株式会社である。資本金は五億円、発行済株式総数一〇〇万株(授権株式数二〇〇万株)、一株の額面五〇〇円、株主総数二七九人で、定款で株式の譲渡制限を定めている非上場会社である。

債務者の平成五年三月期の売上高は約四一二億円に上り、民法ラジオ業界においては、昭和四〇年以来、売上高第一位を続けてきている。債務者の業績は、右のように順調で、最近は一株当たり六〇円(額面に対し一二パーセント)の配当を継続している。

2  債権者は、債務者の発行済株式総数の約13.1パーセントに当たる一三万〇八五五株を有する筆頭株主である。

3  債務者は、平成六年一月二六日の取締役会で、次のような新株発行事項を決定した。

発行新株式数 額面普通株式二〇万株

額面金額 五〇〇円

発行価額 一株につき一万七〇〇〇円

発行価額中資本に組み入れない額八五〇〇円

申込期間 平成六年三月二四日及び二五日

払込期日 平成六年三月二九日

割当方法 第三者割当によるものとし、債務者の取引金融機関等二〇社に割り当てる(割当株式数は、各社二万三〇〇〇株から五〇〇〇株の範囲で具体的に定められている。右割当先には従来の株主も含まれているが、その持株比率は、本件割当により、最高で三パーセントとなる)。

4  債務者は、平成六年三月七日、臨時株主総会を開催し、右株主総会において、右第三者割当による新株発行を承認する旨の特別決議(商法二八〇条の五の二)がされた。

二  争点

1  本件新株発行は「著シク不公正ナル方法」によるものか。

(債権者の主張)

債務者に差し迫った資金需要はなく、仮に資金需要があるとしても新株発行による必要はないのみならず、株主の新株引受権を排除してまで第三者割当をする理由はない。株主総会において、右理由につき十分な説明がなされていない。割当先に既存の株主が含まれており、株主平等の原則に反する結果となっているうえ、このような特別利害関係を有する株主が株主総会で議決権を行使している。このような点からしても、本件新株発行は、債権者の持株比率と債務者に対する発言力を低下させることを目的とした、「著シク不公正ナル方法」によるものと断定されざるを得ない。

(債務者の主張)

債務者は、スタジオ移転に伴う約三〇億円の不足資金を調達する必要があるところ、元本返済の負担がないうえ、借入金と比較して調達コストも少なくて済み、自己資本率が向上する利点もある新株発行によって資金を調達することが有利であり、また、金融機関に割り当てることで円滑な資金調達と金融機関との友好関係が強化されるから、第三者割当の方法によることが適切である。本件新株発行は、債権者の持株比率と債務者に対する発言力を低下させることを目的としたものではない。

2  本件新株の発行価額は「特ニ有利ナル発行価額」(商法二八〇条の二第二項)に当たるか。

(債権者の主張)

債務者の株式は、近い将来上場を計画しているから、その価額の算定は類似会社比準方式によるべきである。そして、債務者は株式会社フジテレビジョンや株式会社ポニーキャニオンのような大規模会社を子会社として傘下に有しており、これらフジ・サンケイグループ各社を一体的に企業集団としてみるのでなければ、債務者の実態を正当に評価したことにはならないから、類似会社としては右企業集団と業種・規模等において債務者と類似する株式会社東京放送、日本テレビ放送網株式会社を選定するべきである。そうすると、債務者の株式の公正な価額は、フジ・サンケイグループの連結財務諸表上の数値を基礎とした場合は三九万一〇〇〇円、債務者単体の数値を基礎とした場合でも一一万九三二〇円(配当額の比準を加味すると八万九九七五円)となる。仮に、右算定方式を採用せず、時価純資産方式ないし収益還元方式又はこれらの加重平均により算定するとしても、子会社等の含み資産を無視した上での時価純資産方式で七万〇二二七円、収益還元方式(DCF法)で一九万〇六九五円となるから、いずれにしても本件発行価額を大幅に上回ることが明らかである。したがって、本件新株の発行価額は、「特ニ有利ナル価額」にあたる。

本件新株の割当を受けた金融機関等は、配当を期待しているわけではなく、上場による騰貴を期待しているのであり、また債務者には支配株主が存在しないから非支配株主も存在しないのであって、本件について配当還元方式を採用することは適当ではない。

(債務者の主張)

債務者のように非上場で清算される可能性もない大規模会社の非支配株式の価額については、配当還元方式によって算定すべきであるところ、ゴードンモデルによる配当還元方式によって算定した債務者株式の価額は一万六五四三円であるから、本件新株の発行価額は「特ニ有利ナル価額」にあたらない。

債務者の株式の上場は決定されておらず、現在は未だ白紙である。また、子会社を含めた企業集団としての計数を基に債務者の株価を算定することは許されない。

第三  当裁判所の判断

一  著しく不公正な方法による新株発行かどうかについて

1  本件記録及び審尋の結果によれば、次の事実が一応認められる。

債務者は、本社ビルが老朽化し、スペースも不足しているため、平成二年一一月頃から、スタジオ等を関連会社である株式会社フジサンケイグループ本社が臨海副都心に建設するビル(FCGビル。平成五年四月着工、平成八年五月竣工予定)に移転し、最新放送設備を導入するなどの計画を進めてきた。FCGビル移転に伴う放送設備の導入等の資金需要は一〇〇億円を超え、平成六年秋頃には放送設備の発注を開始し、代金の一部の支払いが必要となる予定である。

この一〇〇億円余の資金需要に対し、平成五年九月末において、債務者には、現預金約三八億円、流動資産である有価証券等約七〇億円の手元資金がある。しかし、放送会社の場合、平均的にみて月商の1ないし1.5か月分の現預金が運転資金として必要とされているところ、債務者の月商は約三四億円であるから、四〇億円前後の手元資金が必要である。そうすると、本件新株発行による資金調達額程度の資金不足が生じることになるから、これについて別途調達の必要があるものと一応認められる。

2(一)  ところで、会社の資金調達の方法としては、第三者割当あるいは株主割当による新株発行や、金融機関等からの借入など多様な方法が存在し、そのうちいずれの方法によるかについては、将来の利益配当や金利の負担といった資金調達のコスト、資金調達の確実性や容易性、将来の全体的な事業計画や資金計画、取引先との関係などを総合的に勘案して、最も適当と考えられる方法を選択すべきものであるから、この判断は、基本的には取締役の経営判断に委ねられているというべきである。

したがって、資金調達の必要性が認められ、取締役の資金調達方法の選択に著しい判断の誤りが認められず、また、必要な手続を履踐している限り、取締役の経営判断は尊重されるべきである。

(二)  本件において、資金調達の必要性が認められることは前述のとおりであるところ、その調達方法として新株発行を選択することは、調達コストや元本返済の負担がない点、自己資本比率の向上といった点で有利な面があると一応認められ、右選択を不当と認めるべき特段の事情はない。

また、債務者のように定款で株式の譲渡制限を定めている会社においては、新株を第三者に割り当てることについて、商法は株主総会の特別決議による承認を要することとして(二八〇条の五の二)、その可否を株主総会の判断に委ねているのであるから、これに加えてさらに格段の必要性を要するものではない。

さらに、新株を金融機関等に割り当てることについても、一般的にいって、円滑な資金調達と金融機関との友好関係の強化に資するものであるから、こうした配慮を加えたことは不合理とはいえない。もっとも、右金融機関には従来の株主が含まれているが、第三者割当の手続を踏んで割り当てる場合は、株主たる地位に着目して特定の株主を有利に取り扱ったものではないから、株主平等の原則に反するものではない。

(三)  そして、前述のように、本件新株発行は取締役会の決議により決定され、株主総会の特別決議により第三者割当の方法によることも承認されているのであるから、商法上必要な手続を履踐しているものである。右株主総会における説明が、新株発行を著しく不公正な方法によるものとするほどの不十分なものであったと認めるべき事由はないし、右総会の決議に割当を受ける株主が参加していたとしても、それ故に著しく不当な決議がなされたとみるべき事情もない(ちなみに、割当を受ける株主の従前の持株比率は、合計して18.4パーセントであるところ、本件特別決議は85.9パーセントの賛成を得ている)。

したがって、本件新株発行については、取締役の経営判断が尊重されるべき場合にあたり、新株発行及び第三者割当の必要性がないとする債権者の主張は採用できない。

3  本件新株発行によって、債権者の持株比率が13.1パーセントから約10.9パーセントに低下することは明らかであるが、債権者の現在の持株比率自体、それだけでは会社を支配し、株主総会の特別決議を阻止できる議決権数には大幅に不足するものであって、右持株比率の低下によって、会社の支配権が移動することはなく(依然として債権者が筆頭株主である状態にも変わりはない)、また、少数株主権行使のための持株要件を欠くに至るものでもないのであるから、債権者の受ける不利益は単なる持株比率の低下にとどまる。

これに対し、本件新株発行には、前述のとおりの必要性が認められ、不合理なものといえないのであるから、これらを総合すると、本件新株発行が「著シク不公正ナル方法」によるものとは認められない。

二  発行価額が特に有利かどうかについて

1  まず、本件新株の公正な発行価額の算定方式として、類似会社比準方式が適当であるかどうかを検討する。

(一) 類似会社比準方式を採用するためには、類似会社が存在すること、その選定が適切に行われることが必要である。あまり厳密に類似性を要求すると、およそこの方式は採り得ないことになるが、少なくとも業種、規模等の基本的な点において、ほぼ同種で、大きな差がない場合でなければ類似会社として取り扱うべきでないことには異論がなかろう。

債務者は、本件新株の発行価額を決定するにあたっては、中部日本放送、朝日放送、RKB毎日放送を類似会社とする類似会社比準方式に基づく鑑定結果(一万五六〇〇円)をひとつの参考数値としていた。しかし、右三社は、同じ放送業であり、企業規模については対比に耐え得ないものではないとしても、債務者がそれ自体としてはラジオ単営であるのに対し、テレビ単営又はラジオ・テレビ兼営という違いがある。現在では、ラジオ放送とテレビ放送は、事業として、とくにその情報メディアとしての性格や成長性等において相当に異なり、同種といい得るか疑問のようである。現在では、債務者も右のような理由により右三社を類似会社と主張せず、債務者に類似会社は存在しないと主張している(なお、このように価額算定の根拠ないし価額の公正さの説明方法を無定見に変更することが好ましいことではないことはいうまでもないが、公正な発行価額自体は客観的に決められるべきことであるから、右の点はここでは問題にしない)。また、後述のように、債務者についてはフジテレビジョンという極めて大規模な会社を子会社としている点も、大きな相違点として、類似会社とみることの障害になると考えられる。

(二)  それでは、債権者の主張するように、フジ・サンケイグループ各社を一体的に企業集団としてとらえて、東京放送、日本テレビ放送網を類似会社とみるべきであろうか。

なるほど、親子会社については連結決算を見なければ全体的な財務状態を的確にとらえることはできない場合は多いであろうし、企業集団というものがひとつの社会的・経済的実体をもつこと、子会社の資産・経営状態が親会社の株価に影響を与えることは否定し難い事実であろう。しかし、親会社と子会社は、別個の法人格を有しているのであるから、計算は会社ごとに行われるわけで、子会社の資産や収益がすべて親会社の資産・収益になるものではないし、親会社が子会社の全株式を保有する場合でないかぎり、親会社が自己の利益のために子会社の利益を度外視して自由にこれを支配することも困難と思われる。本件の場合、債務者はフジテレビジョンの株式約五一パーセントを有するにすぎず、また、会社の規模としては、例えば売上高でいえばフジは債務者の約七倍(平成五年三月決算で約二七〇〇億と約四〇〇億)であるように、子会社の方が圧倒的な規模の大きさを誇っている関係にある。債務者がフジテレビジョンの資産・利益を完全に支配しているとみて、フジテレビジョンの資産・利益を債務者のそれと同一視することは、法的にはもちろん、社会的・経済的な観点からも妥当性を欠く面があると考えられる。前述のように、子会社の資産・経営状態が親会社の株価に影響を与えることは事実であろうが、本件の債務者とフジテレビジョンのような関係にあるとき、例えば市場において双方の株価にどの程度影響していると考えられるか、明らかにした資料は提出されていない。

したがって、債務者だけでなくフジテレビジョンやポニーキャニオンを含めて一体的に企業集団としてとらえた上で類似会社比準方式を適用すべきであるとの債権者の主張は採用できないから、右主張を前提として東京放送、日本テレビ放送網が類似会社であるとする債権者の主張も採用できない。

放送業で上場されているのは、今までに検討した五社以外にはないから、結局、債務者には類似会社が存在しないことになる。

(三) ところで、類似会社比準方式を適用すべきであるとの債権者の主張は、債務者が近い将来上場を計画しているという点を前提としている。

子会社のフジテレビジョンにおいて現在内部に委員会を設けて上場の可能性を検討中であり、東京証券取引所の内規によれば子会社の上場には親会社の上場が必要とされていること、債務者の会社規模は上場企業に匹敵し、株主数の点で上場基準に達していないものの、株主の協力を得て株主数の増加を図ることは可能であることなどの事情に照らせば、債務者はあくまで白紙と主張するものの、近い将来上場の可能性があることは否定し難いものと一応認められる。しかし、債務者は上場について意思表明を行ったわけでも、何らかの具体的手続をとったわけでもなく、また、近い将来といっても早くて本件新株発行から一年ないし二年以後のことであるから(第三者割当の日から一年間は上場申請が受理されず、その後一年間についてもいくつかの条件が課せられている。)、現在直ちに上場公開を前提にして株価算定を行うことは必ずしも妥当とは思われない(右期間は、債務者の主観的事情や、債務者を取り巻く経済状況等の客観的事情に、相当の変化が生じ得る可能性のある期間というべきである)。

本件において、他の算定方式より類似会社比準方式が適当であると考えるべき前提は、右の点においても欠けているというべきである。

2  次に、時価純資産方式(債権者が第一次的に主張するのは、再調達時価純資産方式のようである)ないし収益還元方式又はこれらの加重平均方式を採るべきかどうかを検討する。

(一) 時価純資産方式にせよ、その一類型というべき再調達時価純資産方式にせよ、会社の純資産の価額を直接的な形で株式の価額の算定基礎とするものであって、株式が会社財産に対する持分としての性格を有していること、商法上も株価の算定について会社の資産状態が斟酌すべき事情の例示として挙げられている場合があること(二〇四条の四第二項)などに照らしても、場合によっては有力な価額算定方式たるべきものと考えられる。例えば、会社が解散・清算することが予定あるいは予想される場合や、小規模会社の圧倒的支配株主のように、株主が会社財産について、いわば煮て食おうが焼いて食おうが自由といった類の完全な支配権を有している場合、あるいはM&Aによって会社の支配権を買収しようとする場合などには、適する方式といえるであろう。

しかしながら、そうした支配権を有しない一般の株主にとって、会社が継続する限り、いかに会社が含み資産を保有しているとしても、右含み資産の処分利益(あるいは再調達価格相当の利益)は直接取得あるいは支配する現実的可能性のないものであるから、この場合、時価純資産方式によって株価を算定することは、株式に現実的な経済的価値以上の価額を付することになるのであって、妥当とはいい難い。

債務者の場合、解散・清算することなどおよそ予想されない会社であることは当事者双方が認めるところであり、また、本件新株の割当をうける者らが債務者の支配権を取得することになるものでないことも明らかであるから、本件新株の公正な発行価額を算定するにあたって、時価純資産方式または再調達時価純資産方式を採用することは適当といえない。

(二) 債権者は、非支配株主という概念は、支配株主が存在する場合のものであって、債務者のように支配株主が存在しない場合、非支配株主であるとの理由で時価純資産方式の採用を否定するのは不当であると主張するが、純資産の価値を直接取得あるいは支配する現実的可能性がないという点は、債務者のような大会社における持株比率数パーセントといった少数株主一般について、他に支配株主が存在するかどうかに係わりなくいい得ることである。時価純資産方式を採用できない理由は、文字どおり「非」支配株である点にあるのであって、「被」支配株であることにあるのではないと解すべきである。

なお、純資産方式は採用できないが、これによって算定した価額が企業継続を前提として配当還元方式により算定した価額よりも高いときは、会社は株主の利益のために即時に解散されるべきであるから、純資産方式による価額には、株価の最低限を画するという意義があるとする見解もある。しかし、株主が現実的に取得・支配する可能性のある利益を基準と考えて配当還元方式を採りながら、現実には予定あるいは予想されない解散・清算を前提とするのは、首尾一貫しない態度というべきである。実際にも、多くの裁判例において、純資産方式による価額は最低限のものとして機能してはいないのであって、このことは、右のような見解が、株価の現実的価値を考えるにあたって一般的に受け入れられているものではないことを示しているともいえよう。

(三) 収益還元方式についても、非支配株主にとって直接取得あるいは支配する現実的可能性がない内部留保を株主に帰属する利益と考える点で、純資産方式と同じ問題点を含んでおり、前同様の理由で、本件新株の公正な発行価額を算定する方式としては適切でない。

また、右のような理由で時価純資産方式及び収益還元方式のいずれも本件に適切でない以上、それらの加重平均方式も、当然のこととして、本件に適切ではない。

もっとも株式が公開される場合、その株価には配当利益だけでなく純資産や内部留保の価額が反映され、その機会に株主はキャピタルゲインを獲得することにはなるであろう(ただし、その場合でも、純資産や内部留保の価額がそのまま株価の上に実現されるものではあるまい)。したがって、株式の公開が現実の日程に上った場合には、その点を適切に考慮した株価が相当とされるであろう。しかし、このことは時価純資産方式や収益還元方式を採用することとは別のことであるばかりでなく、前述のように、債務者については株式の公開が現実の日程にまで上っているわけではない。

3 以上述べた、類似会社比準方式、時価純資産方式及び収益還元方式が採用し難い理由の反面として、本件新株の公正な発行価額を算定する方式としては、配当還元方式が適切であるといわざるを得ない。そして、配当還元方式の中でも、ゴードンモデルといわれる方式は、収益の内部留保による将来の配当の増加をも計算の基礎に加える点で、より優れていると考えられる。

もちろん、ゴードンモデル方式による算定価額も、種々の仮定や数値の選択に基づくひとつの理論上の価額にすぎないから、有効性に一定の限界はあろう。資本還元率や再投資率、内部留保率の数値の採り方の妥当性については、本件の場合も、議論の余地があるものと思われる。しかし、本件債務者のように、類似会社が存在せず、非上場だが、概ね順調な業績を続け安定した配当を行っている大規模会社の非支配株に関する価額算定方式としては、株主が現実的に期待し得る利益を理論的に算定するものとして、さしあたりその相対的な適切さを肯定すべきである。

4  以上の検討の結果によれば、本件新株の発行価額が、第三者にとり特に有利であるとの疎明はないことに帰する。

三  よって、本件申立は理由がないから、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官金築誠志 裁判官本間健裕 裁判官伊東顕)

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